| 「米沢日報」 2003.1.1 付
新春寄稿
スロークロージング Slow clothing
米沢織・きものを通じた温故知新による地域コミュニティの再生
きもの村 長根英樹
■スローフード運動の広がりと発展
ここ数年、「スローフード」という言葉をよく耳にするようになりました。
もともとはイタリアを発祥とするムーブメントですが、日本においても様々
な形で広がってきている状況が見受けられます。
ハンバーガーや牛丼、コンビニ食品などに代表される、大量生産で画一的な
お手軽食品やお手軽な食の在り方、すなわち「ファーストフード」と対比を
させた反語として名付けられた言葉であり考え方だったと思いますが、本旨
は深く、折々の時季や旬に見合ったものを家庭で作り家族揃って食すことを
基本にしつつ、生活の根本要素である「食」を通じて各地域や各家庭におけ
る伝統的な蓄積を見つめ直し、広く食との関わり、食の在り方を温故知新で
現代に受け継ぎ発展させていこうという、生活文化や哲学、ライフスタイル
にまで広げて模索を行う思想が根本になっているものと捉えます。
■衣食住を通じた総合的なスロー運動
こうした「スロー」な運動、「スロー」な価値の中に、現在の日本の国及び
地域社会における課題の解決方向と重なり合う面を見い出す人びとも多く、
昨今では、「スロー」をキーワードに「スローライフ」や「スローシティ」
「スロータウン」などの言葉も生まれ、いわゆる「スロームーブメント」に
関する種々の構想が語られてきています。
「スローフード」の考えを発展させ、ライフスタイルやまちづくり、社会の
仕組みにも「スロー」な価値を組み込んでいく意味においては、「フード:
食」とともに日常生活の根本要素となる「衣・食・住(food, clothing,
and housing)」の「衣:クロージング」と「住:ハウジング」もまた、
「スロー」な観点から見つめ直していくことが重要になるものと考えます。
■2つのスローな価値 地域独自性(多様性)&普遍性
ここで、「スロー」な価値について整理をすると、地域に根ざしたローカル
な価値と地域を越え普遍的なグローバルな価値、以下の2つの面から捉える
ことが出来るものと思います。
スローな価値の2つの面
◆地域に根ざしたローカルな価値
地域固有の蓄積や文化を見つめ直すことを通じて、地域の独自性や多様性、
画一的でないことの重要性、及び素晴らしさを再認識することが出来る。
こうした価値観が基盤となり、「地産地消」や「一村一品」的な名物化/
地域ブランド化が進み、各地域の特性に応じた独自の産業や文化の模索、
発展が盛んになっていく。
画一的/汎用的製品市場における中国やアジア諸国等との激しい国際競争
の時代にあって、国、地域としての新たな産業/文化再生の方向性として
も適う面あり。
◆時代や地域を越えた普遍性をもつグローバルな価値
自然との親和性の強さ、エコロジカルな面。
人と人との繋がり、家族の繋がり、地域/世代の繋がり、伝承の大切さ。
こうした価値観に基づいて、地域個々人の繋がりや連携を密にすることに
よって、自助・互助・公助のバランスを最適化させるコミュニティ本来の
自律調整機能を再活性化し、地域の地力を活かした創造力の向上、街興し
を図ることが可能に。
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■地域の資産&可能性を繋げて相乗効果を
米沢・置賜地域は、四季のメリハリに富んだ豊かな自然環境に恵まれ、また
ビジネスポテンシャル、産業文化基盤の面で、上杉鷹山公以来の織物/繊維
分野での蓄積とともに、第3セクターのケーブルテレビ会社による行政区域
をまたいだ広範で地域密度の高い情報通信基盤などユニークな資産を有する
という地域特性があります。
しかしながら現状では、米沢織/繊維産業は隆盛時の面影少なく、情報通信
基盤を活かしたインターネット活用、地域住民の豊かさを高める地域情報化
の面でも具体的な展望が見えにくいなど、地域の資産がそれぞれ繋がり合う
ことなくバラバラ独歩で、地域特性を活かし資産相互を有機的に連携させる
ことによって相乗効果を高めていくという統合戦略に弱い面がある様に思い
ます。
「米沢織、繊維、きもの、和文化…」
「ケーブルテレビ、情報通信基盤、インターネットコミュニケーション…」
「地域コミュニティ、街興し、地域産業文化の発展…」。
これらの3要素は、ビジネスや社会インパクトという観点からは相互の関連
性や統合の意味合いが薄い様にも見えますが、私は、豊かな自然環境の下で
3つが揃うことによって大きなストーリー(道筋)が生まれてくる可能性が
あるものと考えます。
そしてこれらの3要素を繋ぐヒントが、衣食住や行事、風習などの実生活に
根ざした温故知新によって地域固有の資産や蓄積を見つめ直し、現代に受け
継ぎ発展・昇華させていくという「スロームーブメント」の中にあるものと
考えます。
米沢織・きもの、インターネット・地域情報通信基盤を連携させた
地域コミュニティ再生のステップ
◆インターネットコミュニケーションを、地域住民が個人単位で出会い、
繋がり合い、継続的に交流し合うための手段/方法論として整備活用
する。
◆実際の地域交流を進める際の基本テーマとして、自然環境や衣食住を
日々の生活に根ざした形で見つめ直すスロームーブメントを位置づけ、
オンライン/オフライン両面での探求活動を進める。
◆スロームーブメントの中で、食・住と共に、地域特有の歴史的蓄積を
有する「衣」の分野、米沢織、繊維、きもの、和文化等を通じた温故
知新活動としての「スロークロージング」による交流に力を入れる。
◆これらの活動、連動により、地域住民個々人が、地域の魅力を生活に
根ざした形で話し合い、探り合い、創造し合う中で交流や共感を深め、
地域コミュニティの繋がりを密にしてコミュニティの自律調整機能、
産業文化振興機能を活性化させていく。
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上記の様なステップにより、地域の資産、地域の地力を活かした形での地域
興しを、戦略的に統合させつつ進めていくことが出来るものと考えます。
■衣・きものに蓄積されたスローな価値
「衣」、衣服や装いも「食」と同様に、各国、各地域独自の文化、すなわち
価値観や美意識、心の在り様等と密接な関わりを有し、相互に影響を及ぼし
合う形で発展蓄積されてきた経緯があります。
そして、日本の伝統的な価値観形成の土台となり、同時に和の心を表現して
きた装いは、まさに和の服“きもの”に他なりません。
私は、「スローフード」等の「スロー」な動きとも連動し、衣服装いを通じ
た温故知新の活動、いわば「スロークロージング」(slow clothing)によ
る地域興し、地域コミュニティ再生に向けたムーブメントをナビゲートする
役割を果たしていきたいと考えているところです。
自然との親和性
きものを通じて実感することの出来る「スロー」な価値としては、まず自然
との親和性、季節の移り変わりに関する敏感さ、繊細な感受性をあげること
が出来ると思います。
様々なきものの素材、織物の分類、それらのコーディネイトからは、微妙な
季節の移ろいを感じ分け、それを味わい楽しんで来た様子が見て取れます。
特に洋装との比較では、夏素材において多様さ、繊細さ、独特の美意識など
独自性が際立ちます。
こうした季節に対する繊細な感性は、自然への慈しみや感謝につながり、弱
いものへの優しいまなざしにつながります。
置賜地域には、全国でも珍しい草木の供養塔、「草木塔」が集中して見られ
ますが、これも上記と共通する自然を慈しむ感性が象徴的に表現されたもの
とみることが出来ると思います。
また、花鳥風月をかぎ分け愛でる心は、自然と一体になる中で生活のメリハ
リを味わう風流、美意識につながります。
更に、人智をはるかに越えた自然の営みへの畏敬は、人間より大きなものの
存在を確信させ、時に高い理想へ一身をゆだねる高度な公私関係(武士道精
神、理想主義)の基礎になったものと思われます。
「襟を正す」「折り目正しく」などの言葉がありますが、礼装、公的な装い、
スタイルからは、公私のメリハリを大切にする心や覚悟が感じられます。
気軽な着流しスタイルとは違い、公的な装いである袴姿は凛と気持ちを引き
締め、装う側にある種の覚悟を求めます。
「仁」という愛徳をもって治め、「忠」の義により理想に身を委ねる武士道
精神は、紋付き袴スタイルであればこそ心に宿ったエスプリであったと考え
ます。
エコロジカル
次なる「スロー」な価値として、エコロジカルな思想を挙げることが出来る
と思います。
きものの仕立て、布の段階活用からは、ものを大事に愛おしむ心、エコロジ
カルな思想が見て取れます。
隙のない直線的な裁断図には、真理の強さや美しさが表れており、生地を無
駄にすることなく再び一枚の布に戻して活用したり、揚げや繰り回しなどに
よりうまく再生する工夫が見て取れます。
布は、刺し子等の補強、継ぎなどにより大切に使われますが、布としての強
度が落ち、破れやすくなった最終段階でも、更に細く引き裂かれ、再び布糸
として新しい糸と共に織り込まれる裂き織り技法などによって最後まで活用
されます。
装いと精神性、独自の美意識
また、地域・国固有の文化的蓄積として、装いと精神性の関連の強さも「ス
ロー」な価値としてあげることが出来ると思います。
立体裁断と曲線縫いによる構築的な洋服とは違い、直線裁断と直線縫いが基
本で平面的な構造のきものは、ある意味服としての完成度が低く人が身に付
けることによってはじめて衣服としての体をなすという面があるものと思い
ます。
これは逆に、装いを完成させるための着装や姿勢、精神面の比重を高め、き
ものを着る、帯を締める、袴を着けるという一連の所作を通じて心も含めて
装いを整えていくという形で、衣服の社会的な意味合いを意識づけることに
繋がったものと思います。
洋装、スーツにおいては、二日酔いの朝でもネクタイさえ首に回しておけば
それなりに体裁が整う(それだけ、服自体の完成度が高い)反面、きもの姿
においては、衿を正し背筋を伸ばして精神を整えなければ、どうにも様(さ
ま)にならないという面があるやに思います。
他に、コーディネイト解釈や多段階の礼装表現などの面も「スロー」な価値
として挙げることが出来ると思います。
きものの素材、色、柄、小物も含めた深い吟味とこだわり。また、それらの
意味性を象徴的に捉え一つのストーリーを描く高度なコーディネイト解釈。
同じ黒紋付きでもコーディネイト、着装等で多彩に着分けるなど、時と場、
臨席の立場に応じた多段階の礼装表現により、的確にかつ繊細に礼の心を
表現する感性。
これらからは、知的なしゃれ心と豊かなセンス、ダンディズムなど日本独自
の美意識を感じることが出来ます。
この様に、日本の文化、和の伝統的な価値観には、高度な理想主義思想や凛
とした気概、繊細な感受性、慈しみややさしさなど素晴らしい宝、普遍の真
理が詰まっています。
今あらためて温故知新で、この豊かな精神基盤を復興再構築することこそが
大事であり、新たな時代を切り開いていく基礎となる課題であると考えます。
地域毎の多様性
他に、各地域に根付いた独特の染織技術や文化の蓄積についても、きものを
通じて見つめ直すことによってその魅力を再発見することが容易になり、地
域毎の「衣」の多様性を広げる「スロー」な価値として認識をすることが出
来るものと思います。
■織物のまちならではの地域興しの可能性
織物のまち、繊維のまちと言われつつ、なかなかきもの姿を見かけることの
難しい地域の現状があります。
しかしながら、米沢織、きものには上記の様な多彩な魅力、蓄積があります。
そもそも、米沢は全国シェアの9割を占める袴の生産地であり、男のきもの
においては織物生産、仕立ての他、着用文化という面も含めて、全国トップ
クラスの総合的な地域ポテンシャルを有する環境にあります。
そして、上杉神社にある上杉鷹山公銅像のスタイルは、独特の袴スタイルと
なっています。
鷹山公と米沢織の関わりについては、通常経営的な側面から語られることが
多かった様に思います。
しかしながら、衣服・装いとしてのきもの、織物を通じて、和文化、精神性、
デザインなどの要素から、あらためて見つめ直すことで、経営面とは違った
新鮮な魅力を再発見することが出来るのではないかと思います。
■米沢、日本から世界に発信するカルザイ的スタイル
昨年、世界のファッション界では、アフガニスタンのカルザイ首相のスタイ
ルが注目を集め、デザインやビジネス面でも種々の取り組みを生みました。
・「ヴォーグ」誌:「もっともエレガントな男性」の1位に選出。
・英国「BBC」放送:「カルザイ首相は古典(クラシック)と民族的
なもの(エスニック)を結合させる才能がある」と論評。
・「グッチ」:カルザイテイストの新たなモードを開発。
などなど。
カルザイ首相のスタイルは、アフガニスタンの伝統的なスタイルと現代洋装
を組み合わせた「アフガン+洋折衷」のスタイルですが、自国の文化に誇り
を持ちつつ伝統的なスタイルを時代に合わせたインターナショナルな感性で
着こなす装いにより、西洋スタイル中心のファッション界にあって、「各国
独自のスタイル」「モードの多様性」の可能性を示したものと捉えることが
出来る様に思います。
こうした事例からは、単なる伝統や蓄積としてだけではなく、現代への昇華
によって、この地域から日本全国、全世界にも向けて、和の感性、武士道の
精神性を踏まえた「和洋折衷」の新時代スタイルを、新たな価値観、デザイ
ンコンセプトとして発信し得る可能性が見い出せるものと考えます。
■鷹山公の銅像が語る未来へのメッセージ
鷹山公の銅像は、裾の広がりを抑えたズボンタイプの袴スタイルです。
鷹山公の、お城に留まらない実地主義の行動様式は、現代生活のリズムと同
調する面があり、活動的で尚かつ凛とした精神の張り、風格をもたらすズボ
ン袴は、新たな時代のきものスタイルを指し示しているかの様にも見えます。
全国トップの袴の生産地として、また男のきものの総合産地として、こうし
た新デザインも含めた開発、提案を行い、ユーザーへの発信力を高めていく
ことは、織物/繊維産業全体の再生、吸引力、影響力の向上という意味でも
意義深いものと考えます。
■スロークロージングによる総合的な地域興し
この様な形で、米沢・置賜地域ならではの地域特性を活かし、衣食住や行事、
風習などの実生活に根ざした温故知新によって地域固有の資産や蓄積を見つ
め直し、現代に受け継ぎ発展・昇華させていくという「スロームーブメント」
「スロークロージング」を通じて、地域の行政、学校、病院、地方銀行、各
企業等の他、NPOや市民グループなども含めた形で、地域の人びとが出会い、
話し合い、探り合い、繋がり合い、創造し合う中で交流や共感を深め、地域
コミュニティの繋がりを密にしてコミュニティの自律調整機能、産業・文化
振興機能を活性化させていく。
これにより、地域の地力を活かした形で産業、教育、生活、芸術、文化等を
含めた地域の活性化、再生を進めていくことが出来るものと考えます。
長根英樹 ながねひでき
米沢市在住。
1966年岩手県生まれ。
慶應義塾大学理工学部卒業。
(株)電通パブリックリレーションズ入社。主に企画部署で企業/自治体の
広報戦略やインターネットコッミュニケーションを研究実践。山形出張が縁
で米沢織の魅力に惹かれ、きものの世界へ。
小沢一郎政治塾1期卒業。
現在は、きもののプロデュースと地域情報化に取り組む。
ホームページアドレス http://yonezawa.kimono.gr.jp/
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