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        初めまして。長根英樹氏が「和の国、和の心ー天皇陛下と日本」にお書きに 
なった「日本の皇位継承は直系優先でないのが大きな特徴」という説は非常 
に重要な視点と思います。国学者折口信夫が死の直前たどりついていたのも 
傍系継承の重要さでした。 
 
折口信夫が亡くなる1週間ほど前の1953年秋、箱根山荘での下記のような 
鬼気迫る場面が、同居の弟子岡野弘彦氏によって記録されています。 
 
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◇岡野弘彦『折口信夫の晩年』中公文庫から抜粋(カッコ内は引用者注) 
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(折口先生は)夜が更けるにつれて、一時間おきくらいに、幻覚が襲ってく 
る。夜中に、伊馬(春部)さんと私を枕もとに呼んで、 
 
「今やっと万葉集と皇統譜の問題がとけた。よく聞いていてほしい」といわ 
れる。(中略)伊馬さんも私も、一語も聞きのがすまいと息をつめるように 
しているけれど、たちまち先生の頭の中を、霧のように錯乱の状態が去来す 
るらしい。 
 
「系図の角々(かどかど)、三角形の角々をよく考えてみればよいのだ」と 
繰り返されるのがわかるだけで、あと、心をふるいおこして憑かれたように 
言いつがれることばは、何としても意味のとれないものであった。 
 
系図の三角形の角々、というのは、一つの皇統が、他の系統に移ったり、横 
に何代か継がれていた皇位が、縦に継承せられたりするときの、変りめのと 
ころをさしていられるのにちがいない。 
 
この問題はかなり早くから先生の心にかかっていたとみえて、亡くなられて 
のち手帳などを整理していると、自身で作られた古びた皇室系図が幾つも出 
てきた。(中略) 
 
(『日本文学史ノート2』の)池田(弥三郎)さんの「あとがき」には、 
「昭和十二、三年頃、岩波書店の『文学』に原稿を求められて、それにこの 
問題を書かうとせられたのであったが、遂に生前には原稿にならなかった。 
これについては、先生はかなり執着を持ってをられ、度々それを私にもらさ 
れた事があった」と記されている。 
 
その執着を、こんなにさし迫った、正気と混濁の交錯するなかでも、なお追 
いつづけていられるのであった。 
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この文章から、折口信夫が十数年考えつづけて、死の直前「系図の三角形の 
角々」ーー傍系継承の重要さに気づいたことがわかります。しかし残念なが 
ら、それ以上の説明のことばは記録されていない。 
 
ただ「傍系皇位継承が重要」ということは必ずしも「生物学的血統の濃さ」 
絶対ではないことを示しています。直系に男子が生まれなければ、それを1 
つの天意とみて、誰も傷つけず、傍系の中で最適の系統に移行する。結果と 
して私物化や周辺の腐敗も防ぐ。長い歴史の検証を経た仕組みを、賢しらに 
壊すべきではないと思います。 
 
「和の国、和の心ー天皇陛下と日本」を読んで、この傍系皇位継承の仕組みの重要さが、私にはやっとわかりました。厚く厚くお礼を申し上げます。 |  
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